癒し効果

おばあちゃんの長寿祝い〜パワーストーンが繋ぐ愛〜

私は28歳のOLです。
私と亡くなった祖母のパワーストーンに関わるエピソードを紹介します。
私は幼い頃からおばあちゃん子だった。
母方のおばあちゃんが非常に大好きだった。
母方のおばあちゃんは2歳年下の妹が生まれた時、お母さんがかまってくれなくて寂しかった私によくかまってくれた。
そして、周りの家族が一時期お姉ちゃんだから我慢しなさいと言われ続けていた時もおばあちゃんは良く頑張ていると褒めてくれた。
妹よりも可愛いよと言ってくれるおばあちゃん、そんなのはおばあちゃんだって大変に決まっていると感じていたが私は非常に嬉しかった。
私が10歳の時おばあちゃんは70歳になった。
70歳になったので古希のお祝いをしようと親族集まっていた。
おばあちゃんは非常に人の面倒見が良い人だったからお祝いをしようと言ったらみんなが集まった。
おばあちゃんの人望は本当に凄いと幼い頃から非常に感じていた。
親戚に配るおばあちゃんの糠漬けや梅干しは絶品でみんながおみやげにいただくと嬉しい顔になった。
更におばあちゃんは手芸が趣味だった。
おばあちゃんは最初、和小物を作っていたが、私がパッチワークや刺繍を教えると興味を持って作り出した。
その腕前は近所や親族でも評判になった。
私の幼稚園バックや弁当袋と言った小物はおばあちゃん手製で、私以降の女の親族はおばあちゃんの手製のものを使っていた。
そんなおばあちゃんの古希のお祝いの時、みんなが色々お祝いを渡していく中でちょっと引け目になっていたのをおばあちゃんが呼んでくれた。
私は、おばあちゃんの誕生石のパワーストーンのイヤリングを渡した。
母親の手伝いをしてためた小遣いと少しばかりの援助を頂いて買ったものだった。
シトリン、おばあちゃんが黄色が好きだったから選んだものだった。
長寿に直結するご利益ではないが、こころと体のバランスがキチンと整えばずっと長生きできると考えたのだ。
大好きなおばあちゃんに渡すと親族みんなに似合うと笑顔で自慢していた。
孫が小遣い貯めて渡してくれたのよって、最高の笑顔だった。
この時撮った写真は一生の宝ものだった。
おばあちゃんは私が会うときはいつもそのイヤリングをしてくれた。
そして、いつもいるのよとありがとうと言っていた。
そんなおばあちゃんが18歳の時に突然亡くなった。
何かの事故でもあったのだろうかと私はひどく動揺して妹と泣きじゃくった。
原因は事故でも病気でもなかった。
老衰死。
おばあちゃんはある日、朝起きようとしても起きなかった。
おじいちゃんが肩に触れた所おばあちゃんの体は冷たくなっていた。
おばあちゃんの葬儀の時、たまたま近所の人にあった。
すると、おばあちゃんは毎日そのイヤリングをしていたことを話してくれた。
すると悲しみが深くなった。
数日後おばあちゃんの遺品を整理していると、私宛の箱があった。
そこには無数の刺繍の作品とあのイヤリングがあった。
長い手紙の文章の一部分に、私は十分に楽しかったし嬉しかった。
今度はこのイヤリングを身につけて貴方が幸せに長生きしてくださいねと丁寧な達筆な字で書かれていた。
それ以来、私はおばあちゃんに渡したイヤリングを身に着けている。
身に付けて以来勉強や仕事で自分の目標よりも達成することができている。
私は、石のご利益とともにおばあちゃんがいつも見守っている気がするのです。

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